喪服日誌

唐揚げだけが人生だ。/@yuki_mofk

2019.04.18


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「死ぬまで◯◯する」という表現に言及した途端、世の中に溢れるワードのなかからそれが際立って見つけられるようになって、それはいつ時計を見ても12:34の表示である気がしたり、ある行動の度にデジャヴを感じている気がしている感覚に似ているなと思った。窓を開けると室内より屋外の方が暖かく感じられるようになった。ベッドの上でくしゃくしゃになっている掛け布団のカバーをいつ洗濯しようかと考えて、それは次の休日のタスクに追加。数日前まで雪が降っていたのになんの挽回なのか気温がリバウンドしていて、意味もなく開けた冷蔵庫の冷感で落ち着きを取り戻す。嫁が漬けた漬物、実家から押し付けられた漬物、食べたくて買って余った漬物などが冷蔵庫に点在していて、実家の冷蔵庫の、食いもしないものが無造作に詰め込まれたあの風景はこうして形作られていくのだと思った。暑くなると食欲が薄れるというと気が早いが、朝食をしっかり作ることに対する意欲が湧かない朝。もう素麺が恋しい。今の住まいに移ってはじめての春は、既に夏の兆しへのうんざりした感情に遮られて風情も何もない。ないけど、昨晩は嫁と夜桜を見に行った。町中を通り過ぎる風に花の匂いがして心地よかった。桜の花の匂いには常に誰かと花見をした記憶が絡んでいて、開花などというものは人が人を連れ立っていくのに都合よく使われてきた建前なのかもしれないなと思った。桜以外の花の開花にも若者やカップルが出向くようになったら日本は何か変わりますか。

2019.04.16


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唐突ですが、昇進が決まりました。今の会社は入社する前から人事の管理運営運用全てが不安で、入社後もその不安は時折片鱗をちらつかせ、社員を混乱させてきた。その混乱の雷がつい最近うちの店に落ちた。結果、入社時から世話になっているベテランと同期が吹っ飛び、空いた上長の席に突っ込まれたという形。上り詰めたというよりはぶち込まれた、階段を登ったよりはUFOキャッチャーで掴まれたという感じ。こう見えて(どう見えた話かはともかく)仕事に関してはマメにコツコツという地味なプレイヤーなのでマネージャー職は向いていると思う。理不尽な叱責や責任の重圧に怯えて白髪を増やしながら頑張る未来が容易に想像できる。先月またひとつ歳を重ね、ゲーム仲間にもおじさん呼ばわりされた事実を静かな衝撃とともに受け止めるこの昨今、仕事も身の丈に合わせて変わってきたというところ。望んで始めた仕事ではないにせよ、目先のイベントをこなしていくうちにこの体はまた老い、仕事もまた往くべき所へ進んでいくのだろう。どんなことでも、身に降りかかる事象は心のどこかで客観視している自分がいて、この昇進に関してもまだ他人事のような気分で観測している。昇給がある喜びも責務の増量による不安で帳消し。思うことがあるような無いような、このまとまりのない文章そのものが今の心境であるように思う。
スマホアプリでMicrosoftが開発元のソリティアを見つけてからは、暇な時間はもっぱらソリティアをしている。嫁にその姿を見られ、嫁も始めてからは夫婦揃って黙々とソリティアをする時間もできた。ソリティアは整頓をするゲームだと思っていて、それは自分の性格に合っているように感じた。今だって目の前に並べられた結婚式、家事、家計、仕事のカードを整頓している。こんな作業は死ぬまで続くし、ハートスペードの類は4種類じゃきっと足りなくなるだろう。死ぬまで続く話で文章を締めていくくだりをここ数回の日記で多用している気がするけれど気にしない。それすらきっと死ぬまで続く。

2019.02.13

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ここ数年間の冬はいつも同じストーリーをなぞっていて、雪の降らないクリスマスを過ごしたら溜め込んでいた雪を吐き出す空、除雪を憂鬱に思う年末、師走どころではない忙しさに記憶が飛ぶ正月。正月らしさを感じるために昨年買ったたこ焼き屋の福袋を思い出しながら、今年はマクドナルドの福袋を買った。どちらも出した金額と同じだけの商品券が入っている。原資を取り戻せるものでないと手が伸びないケチなところが出ていると思う。ケチぶりを発揮している反面、年末に嫁が事故を起こして車を壊してしまったので思い切って新車に買い換える決断を下すなど、出すところはちゃんと出した。そして早くも2月は半ばに差し掛かり、今はとりあえず腰を落ち着けるべく入った大阪某所のスターバックスでこれを書いてる。久方ぶりのひとり旅。何かに傾倒しているオタクみたいな気質ではないけれど陽キャ体質でもないので、一人でいると静かに心が沈んでいく感じがある。そこに寂しさや悲しさはなくて、ただ自己が今の自分と同じ気だるい表情でこちらを見返している。夜行バスで12時間揺られた結果、今は目が霞んでいつもより遠くが見えなくなっている。肉体は疲れていても、日常から離れている事、離れられる事自体は幸せな事なのかもしれない。
旅先では簡単なアテだけつけて、ただ歩き回る観光をしている。積極的に人に話しかけたり、人気の観光地を見たいという気持ちもそんなにない。何しに来たの、という問いに、知らない土地の空気や街並みを肌で感じて見て回りたい、という回答が先方の欲する答えとして承認されるのかはわからない。人生の実績を解除して、画面の左上にブロンズのトロフィーが出る人生だったらもう少しわかりやすいか。朝方の道頓堀のストリートはゴミが散らかっていて、それは往来を人が埋めれば見えない景色で、その状態しか観光情報では見せられないことを知る。綺麗ごとの裏どりをすることは子供から大人へ変わることの変遷にも似ている。旅は続く。もう数年、数十年。

2018.10.01

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下書きに放り込んでそのままになってた日記を見つけたので供養。

 

ひと月経って、湿気が飛んで、秋が来た気がする。時間のある時には畳の上に座ってゲームをして、日々の生活を続けて、時折どこかへ出かけて、楽しくなんとかやっている。夫婦の目下の大きな目標は結婚式の開催だけど、終わっても夫婦は夫婦。そこから先の未来に子供が産まれて、家を手に入れて、なんてとてもとても未来の話に感じるけれど、たぶん10年以内には全て終わっているのだろうから人生のスケジュールなんてわからない。職場では皆いつか行う予定の転職についてのクエスチョンが影の話題となっていて、自分も他人事ではないのかなと思う。職場の休憩室で麻婆豆腐の乗った米とワンタンスープを食べながらこれを書いてる。今日は最高気温が20℃を下回った。まだ暑いからもう少し経ったら着よう、と思っていた長袖のパーカーは冷たい風に袖を絡め取られて、もう少し防寒が必要な気温であることを思い出させてくれた。ただ今の毎日がつつがなく続けばいいなと思ってます。
半年ぐらい前にTwitterを去った文通相手の近況が気になったり、人の温もりが恋しくなったり、どことなくふんわり切ない気持ちになるのは日没が早くなったから。

2018.08.23

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前回年齢のことを書いたと思ったけど、今日はsuchmosのヨンスが26歳だということを知って白目を剥いた。薬指に輪っかをつける生活をしてからもうすぐ二週間というところ。プラチナだの金だのは柔らかい素材で、はやくも指輪には小傷がつき、望んで選んだ艶消しの表面加工はどんどん磨かれていってる。光沢のある指輪も存外悪くないものだなと思う。ただエイジングの話をするには二週間という期間はあまりにも短すぎるのでは?ハーーン??と思ってますが、指輪ってこんなもんなんですかね。外の気温が36度もあるから、今日が仕事日で本当によかったと思ってる。職場にはエアコンがあるから。家に帰ってエアコンをつけても家事をしてると汗が垂れるし、家自体の断熱が良すぎて外より暑い。家を出る時にはほぼ全てのコンセントを抜く倹約家の嫁が最近は躊躇なく設定温度を25度まで下げていく。そのくせ風呂の蛇口は毎回開けっ放しで一時止水のストッパーだけかけていくから、今朝3度目の注意喚起。人に注意するときになるべく角が立たないようかなり気を配るんだけど、仕事よりプライベートの方がその加減が難しい気がしててうーーん忖度、といった気持ち。ちょうど昨晩なんでそんなに優しいのと聞かれたけど、自他との距離、相手の心情、体調、欲求を的確に掴んで、打ちやすい玉を投げてあげるだけなので、要約するとどれだけ相手のことを考えて欲しいものを与えられるかじゃないですか。注意することも少し似てるけど、相手がすんなり受け止められるお咎めを提供するのは難しい。弱いと効かないし、強めれば角が立つ。その点最近睡眠時にいびきが出ることを嫁に強めに指摘されてるので、腕に電流を流すバンド(ふつうに寝てても放電するしやたら安い海外製で恐さしかない)やらマウスピース(一番ポピュラーらしいが効果はなかったらしい)やらを使って対処中。たぶん横向きに寝ることを徹底したらいいだけの話なんだけど。あと一週間したら東京から娘が遊びに来てくれるから、それが当面の楽しみ。

2018.08.06

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雨乞いをしたら記録的な雨が降ってきて全国ニュースレベルの災害になってしまった我が県ですが、ドラマが過ぎませんか。その影響なのか空には雲が多く、うんざりしていた日差しも少し柔らかい。今年は夏祭りに行くモチベーションが湧かず、どうでもいいなと思っていたのに、後輩が一人ででも行くと言ったところにうっかり声をかけてしまって、今電車で待ち合わせの場所まで向かうところ。


仕事が休みになるまでにやりたいことがたくさん積もり、いざ休みになるとそれを消化して、あっという間に時間が過ぎてまた仕事。もうこのサイクルを何年もやっているし、今後もやっていく。10年前の今は高校2年生で、はじめて恋人ができたり部活動に精力的に勤しんだりと、人生の中でも指折りの活発な1年だったことを今でも覚えている。10年という数字は大きなものだと思っているけれど、あれから10年経ったのが今のあなたですよと言われても全然実感がない。2年前ぐらいに精神年齢が22ぐらいで止まってる、という旨の話をした気がするけれど、今も実年齢に意識が追いついてない気がする。


そうこうしているうちにすぐに30も迎えるのだろうけど、その時もぼくは今のように実感がないと言うのだろうか。言うのだろう。その時も健やかであれますように。

2018.07.12

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新居の様子を見に行ったよと書いてから2ヶ月が経とうとしてますが、今では大方の家具が揃い生活感が漂い出した例の部屋で寝食をしている日々。最高気温が30度を下回るかどうかでエアコンのスイッチを押すかどうかを選ぶのですが、かつて都心部のマンションの5階の部屋で窓全開にも関わらず暑さに真夜中に起こされて不眠になりかけた経験から言うと、躊躇わず押せ!金を払え!金で冷気を買え!という発想です。
先月、今月と家のために出費を重ねることはあれど、自分の為にお金を使う機会がすっかりなくなっていることに気付いて少し驚いた。欲しかった高価なものは大体持ってるし、今あるもので向こう何ヶ月も遊べるし、せいぜい食費が少し出ていくぐらい。新生活の用意の為に通帳の数字が割と大幅に増えたり減ったりしているのをハラハラしながら見ていたけれど、相変わらず貯金はできそう。貯金は大事だ。改めて言うぞ、貯金は、大事だ。いざという時大胆に動くにはお金が必要だから。
奥さん、嫁、妻と呼び方がある、今度から彼女でなくなる人のことを、何と呼ぼうか迷ってる。本人にというよりは、第三者に話す時の話。妻は少しよそよそしい気もするし、嫁は自分の口に合っていない音の気がして。奥さんはどちらかというと相手の奥方に対して使う言葉な気がする。20余年生きてきてそういう呼び方で人を呼ばなかったから。当たり前だけど。
新しい生活を始めてから、休日をほぼほぼゲームに費やすような暮らしができなくなってきた。でもやりたいからいつか余裕を持てるようになる。なるぞ。
以上、新生活関係の雑念。明日は作ってもらってた結婚指輪を引き取りに行くことが決まっています。