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喪服日誌

唐揚げだけが人生だ。/@yuki_mofk

人格と笑いについて

記述
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コント集団に入ったからには自分の中に笑いの哲学を持たねばならぬと思ったので、そのルーツを考察してみることにします。

そもそも僕のルーツとしてさかのぼっていくと、小学校低学年の頃はコロコロコミックを読んで育ちました。平凡です。ゴーゴーゴジラマツイくんや宇宙人田中太郎、芸人が昆虫になっているマンガ、星のカービィギャグマンガポケモンギャグマンガを読みました。同時期に連載していたK-1の漫画とかミニ四駆ベイブレードの類には一切ハマりませんでした。
小学2年生の時にマイホームが建ったので引越しをし、時同じくして「今おれがしゃべってる方言はもしかしてめちゃめちゃダサいんじゃないか」という気付きを得て方言を捨てました。このあたりから人格が形成されていきます。

この頃から印象に残っているのは、秋田の実家に帰った時のこと。父の妹(叔母)の部屋には宝塚歌劇団、ベルばら、ガラスの仮面などの蔵書があって(叔母は若い頃この手の趣味に傾倒していた)、その中に紛れ込んでいたものの中に丸尾末広の描いたエログロ漫画(DDTとキンランドンス)があり、まだ10にも満たない子供にとっては稲妻に打たれたようなショックでした。言い過ぎました。実際のところは好奇心に負けてちゃんと読んでいました。
そして叔母の部屋での出会いの2つ目が「パタリロ!」でした。笑いの基盤はパタリロで作られたと言っても過言ではないと思います。ブラックジョーク、SF、同性愛、多彩なツッコミ、とにかくいろんなことを学び、腹を抱えて笑っていました。花とゆめコミックスを片手にヒーヒー言ってる男子小学生はおそらく滅多にいないでしょう。今思えば丸尾末広魔夜峰央をそんな年から読み込むなんてサブカルの英才教育かよと思いますし、案の定その影響を受けて小学4年の頃までに江戸川乱歩全作品を読破しています(丸尾末広が影響を受けている)。

そして小学5年、6年の頃にインターネットにハマりだし(フラッシュ全盛期一歩手前ぐらいの頃です)ました。笑いという分野で特に影響されたのは大手テキストサイト(これも全盛期でした)で、侍魂や俺式といった有名どころをよく見てました。その影響でブログやホームページを立ち上げて真似事をしたり、今このように長々と文章を書くことが好きになりました。「長い文章=面白い」ではないですが、「長々と安定した文章を書く」という行為は実は万人がうまくできるものではない(当時小学生だった、という事もありますが)と後に分かるようになったので、これは良い影響でした。具体的には、国語の成績や読書感想文に成果が表れました。
なお、この頃よく読んでいた漫画はギャグマンガ日和でした。東京から転校してきた友人が僕にバンプオブチキンギャグマンガ日和を布教してくれたおかげで今の僕があります。彼女は僕にとっての渡来人か宣教師です。

小学6年か中学1年生の頃に文庫本になった「木更津キャッツアイ」を読みました。ヒットドラマの台本をそのまま本にしたような体裁なんですが、それに影響されて読後はオリジナルの脚本や話のネタをいくつも考えては書いていました。内容は案の定クソの山で中二感溢れていますが、今思えばこの素養がのちの演劇の経験に活きているのかもしれません。
中学時代は笑いとは離れた本の虫のような生徒で、多くの小説を読みふけっていました。宮部みゆき伊坂幸太郎が好きでした。その中でも唯一笑いにつながったのは村上龍の「69」という小説で、全共闘アポロ11号月面着陸の時代に学校をバリケード封鎖したり学祭を開催したりというバカをやる高校生の物語で、中学生には不要な知識がグイグイ補填されました。また、中学時代は仲間内で書き込む日記帳(通称「エル魂」。由来は忘れた)を作っていて、アナログの交換式ブログのようなものを書いていた。ルーズリーフを綴じこんだファイルに仲間内でいろんなことを書いた。後述する携帯ブログに「日記を書く」という作業が引き継がれます。
爆笑オンエアバトルを毎週欠かさず見てました。

高校へ入学すると、紆余曲折あって演劇部に所属。「サーカス023」でおなじみのakiLa氏と出会います。笑いだけではなく様々な部分で僕と彼は影響を与え合う仲となり、今でもその関係を継続中。彼の他にも数多の癖のある人間と出会い、今度は人間から笑いの影響を受けていきます。日常の出来事を面白おかしくしよう、という発想で高校1年次から携帯でブログを始め、大学入学前後まで続きました。今のブログより文体が丁寧で、鼻にかかる文章でしたが、アクセス数も安定したそこそこのブログでした。

そして大学に入ります。芸大に行ったので型破りな人間が多くいて、既成概念を再構築した4年間でした。舞台とブログから一旦離れるも、その間様々な経験を通して天から地の底まで感情が揺れる体験をして、人間的な深みが出てきたのかな、と思います。大学2年次からは写真に出会い、翌年は映像に出会い、今に繋がります。訳あってインターネットのお友達が増え始めたのもこのあたりで、よく東京に出没するようになりました。ここでも地元にはない型破りな発想やユーモアに触れ、刺激となりました。


そして働き始めて今に至ります。整理できたかどうか分かりませんが、現状を築くステップを着実に踏んでここまで生きてきたんだなという気がしてきました。笑い、笑いと書きつつも、それに味をつけるのはそれ以外の要素も大事なのかなとも思うので、幅広く様々なものに触れることが大事なんじゃないですかね。全然まとめる気はないですが、僕はこうして出来ています。よろしくお願いします。