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喪服日誌

唐揚げだけが人生だ。/@yuki_mofk

2015.12.29

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朝、風呂に入って髭を剃ったばかりの顔を見る。老け込んできたように思える。久しぶりに顔を見せる両親や地元の友人には何と言われるのだろう、と帰省のことを考える。たかだか数ヶ月の間で顔が、髪の色が、お腹の膨らみが、化粧が、容易に変わる年頃なので、それは他人に対しても同じ。常に見合う間柄でない人間との付き合いにはそういう楽しみがある。薄めの雪化粧を施した山肌を後方に流し、高速バスは地元の市街地へ僕を運ぶ。耳元では星野源がweek endを歌っていて、右耳のイヤホンはイヤーピースをどこかへ紛失してしまったらしく、不安定な様子で耳にぶらさがっている。バスから降りて、雪の降る町を歩いて、よく通うタリーズでコーヒーを飲み過ぎて胸焼けを起こす。友人と会ってサイゼリヤで甘いものを食べて(カラメルプリンとティラミスの盛合せはアメリカの着色料とか甘味料みたいなストレートな”体に悪い感じ”がある)、一層体内が落ち着かなくなる。だらだらと過ごして電車の時間まで待って、今は20分ほど到着が遅れているローカル線を待っている。黄色い線の手前で友達と談笑する部活帰りの女子高生とか、くたびれた黒いリュックを背負った冴えない男子高校生とか、間に挟まれ居心地の悪そうなサラリーマンとか、何年経ってもこのホームの風景は変わらない。17時の電車は必ず行列が出来て混み合うこと、吹き付ける風の冷たさ、遅延を待つ時間。一度として同じ人も条件も揃わないはずなのに、変わらない。それを心地よく思う。いろんな用事があるけれど、地元に帰る理由の原動力は、変わったもの、変わらないものを見届ける為なのだなと、そしてこの作業は今後一生続くことなのだろう。故郷というものがある限りは。これから幼馴染と会ってご飯を食べてきます。変わったか変わってないのか、また確認の作業。自分は、どうなのかな。