喪服日誌

唐揚げだけが人生だ。/@yuki_mofk

2016.03.07

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色々取り掛かると言ったので、早速車と家について取り掛かってきた。結論、車は買った。家は諦めた。ここ2年くらいでそれなりに貯まった貯金が半分なくなった代わりに、新古車のワゴンRが再来週くらいに納車される。維持費やこれからかかる諸々のお金のことを考えたら一種の呪いみたいだなと思った。ローンを組もうかとも思ったけど、車の金利が今まで取り扱ってきた住宅ローンの数字よりアホみたいに高くてヘイトが脳天から天空へ突き抜けていった勢いで現金買いした。とにかく、そのうち自分も四輪で動く生き物に変わります。次、家の話。会社からの補助もなく、収入も今より下がる環境で呪いまで受けてるのに月3万も4万も払うのはつらいのでは??と考えてみれば当たり前の現実に、不動産屋を一軒二軒と巡るうちにぶち当たり、やがて検討をやめた。そこまでして一人で生活したかったのは、揃えた家財たちが勿体なかったのと、一人で悠々自適に過ごす生活自体が気に入っていたから。家事諸々は何一つ嫌じゃなかったし、生活を誰かにどうのこうのと物言いをつけられる事もない。歌を歌ってもいいし、部屋は広い。家を持つ事は、自由を手に入れることと考えてもいいかもしれない。しかしその生活は今の身の丈には合わないと、そういう話だ。ゆえに、大人しく実家という鞘に収まることにした。次にそういった環境を手に入れるとしたら、仕事を変えた時か、結婚をする時のどちらかだろう。という訳で、6畳あるかないかの子供部屋にまもなく24歳になる子供は住処を移します。
不確定的なお金の話とか将来の不安とか、形のぼやけたものと向かい合うことは精神力を使う。吐き気のような居心地の悪さを抱えた僕を乗せて、電車は灰色の雲の下を走る。人に言えば少しは晴れるか?なんて言うんだ?不確定なことには不確定な答えしか出てこないし、結局は気の持ちようでしかない。負担するお金が減る訳でも、将来が約束される訳でもない。でもひとつ言えることは、身の丈に合わせてばかりの選択をすると、なんの為に生きているのかわからなくなっちゃうってこと。何を以って密室に穴を開けるかということ。呼吸を続けるには。