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喪服日誌

唐揚げだけが人生だ。/@yuki_mofk

2016.03.16

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前回はいきなりゴリラになってすいませんでした。東京から帰ってきてから右の肋骨のあたりが痛くて、疲れているからだとか、湿布貼って寝ればいいかとか、適当にやり過ごそうとしていたら痛みが引かぬまま3日目を迎えました。内科かな?とりあえず内科行けばいいかな?と思っていますが普段病院通いとも縁遠い健康体なのでこういう時にスッと病院に行くのはとても気力が要る。ので、先に区役所に行って転出届けを出す事にしたのが昨日の話。この時期の転入出の手続きは窓口が混むのがわかっていたので、席に座って昨日の日記を携帯に打ち込んでいたら番号を呼ばれたので手続きを済ませる。手続き自体はあっけないものだった。仕事によって環境を縛られること、お金を稼がなければ生きていけないことを除いたら、数年周期で住処を変えていくのも案外悪くないのかもしれないと思った。どちらかといえば安定を求めて地元へ戻るはずなのに、転出届けを出した途端、今の自分はどこにでも行けるんだなぁと感じた。東京へ行った時の旅気分が抜けていないからそんなことが言えるのかもしれないけれど、身軽であることはいい事だと思う。この先の人生でいずれ何かを守るために動けなくなる期間の方が長いのだから、若さ故の身の振り方を行使して生きた方が、自分で言うのも何だが賢い歳の取り方なんじゃないかと思う。

夜中の3時に目が覚めて、なかなか寝付けずにいたので乾いた眼球もそのままに携帯の光を見ていた。偶然目に留まった人の呟きに視線が注がれる。どうやらその人は数時間前に失恋をしたらしい。一番好きになった人に恋人がいて、でも恋人がいたにも関わらず半端に優しく(男にとってはいい意味で、女にとっては悪い意味で)振舞われた事に彼女は憤っていた。そこで渦巻いている喜怒哀楽の機微を摘んであぁ分かる分かると簡単に相づちを挟めるほど薄っぺらい内容ではなかったのでそこへの言及はしないとして、それ以前の日々に残していた彼女の好きな人に対する一途で飾らない感情に目が向いた。同時に、僕自身もこうであった時期があり、現在の彼女のような立場に転がる可能性もあったのだなと思うと、胸に棘が刺さるような感覚を覚えた。どんなに自分が手を尽くしても、全く関係のないところでそれが実らなくなることはある。ある程度操作できる状況と、そうでないことがある。それがうまく合致することを聞こえよく言うと運命という言葉になるけれど、合致しなかった場合、そんな言葉で納得出来るようならそんな人生は努力も執着もない嘘のようなものになってしまう。怒り、泣き、落胆し、泥水を啜る身に落ちても、そんな選択は生きている限り際限なく続く。前を向いて生きていくしかない。その彼女も、より綺麗になって勉強をしてより幸せになる、と向上心を燃やしていた。悲しみで負った傷の痛みと同じ位の熱量で前に進むのだ。それは残酷だけど、その先で何か得られるものがあったり、努力を認められたり、何らかの形で「生きててよかった」と思えたら、それは勝利という事にはならないか。