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喪服日誌

唐揚げだけが人生だ。/@yuki_mofk

2016.04.06

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人や場所、機会とどうやって巡り会うかというのは自分が思うように創出できる場合の方が実は少なくて、大抵は偶発的な状況や心境のままで邂逅することが多い。初めて顔を合わせたのに妙に馬が合って話が弾んだ知らない人や、たまたま通りがかって思わず足を止めた場所だとか、そういうものの出会いは狙ってできるものではないという当たり前の話。なぜそんな事を言い出したのかというと、そういう不思議な出会いの事を縁と言うのだろうなと、晴海のビルに入っているスターバックスでチャイラテを飲みながらぼんやりした頭でぼんやり思ったからである。コーヒーでも紅茶でもない気分の時にたまたま目に留まったから飲んでいるけれどチャイはおいしい。前にも書いたようなザ・洞穴のようなカプセルホテルでどこかの穴から聞こえる大きないびきを聞きながら何度も寝ては覚めてを繰り返して、うっすらと感じる睡眠不足と抱えた空腹感をそのままに穴を出てきた。どこかの軽食屋で天むすと唐揚げと梅のおにぎりを食べて、通勤電車にすし詰めになり、参覲交代のようなサラリーマンの行列に組み込まれながら落ち着ける席に腰を下ろした今の自分に心地よい。もし万全の体調で気を引き締めたかったらコーヒーを選んでいたのだろうから、これも縁のひとつなのかもしれない。

上記の文を書いてから約28時間後、月も太陽も回ってメトロも新幹線も乗りに乗って東京を離れ、地元の在来線の座席に座って再び筆を取っている。昨晩、懐かしい顔に会ってきた。人との親交の浅い深いの度合いは一言には表せないもので、それは互いが等しい距離感で相手に接しているのかが正確には測れないから。そういう綱渡りは大抵面倒くさがる人が多いからなるべく避けて勝手の知れた仲間とぬるま湯でじゃぶじゃぶやるのが好きな人は多いように思う。熱かったり冷たかったりする刺激というのは外界からでないともたらされないものだけど、それを得るのは先述の通り面倒くさいものだという話。が、そんな御託をすっ飛ばして外界の扉をガンガン開けていくタイプの人間もいて、昨晩会った大学の後輩はそういう奴だった。特別深く関わってきた仲でもないけど、そんな事は気にせず扉を叩く。それが気持ちよかった。誰かにとっての自分もそうでありたいなと思う。