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喪服日誌

唐揚げだけが人生だ。/@yuki_mofk

2016.08.26

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ひと月ぶりの反動で日記がとても長くなった。

 

眠らない街が眠らないのには理由があって、その渦中に飛び込んでみたらやはり自分も眠ることを忘れた話。8月に入ってからお盆休みという概念が今の会社にないことに気付いて、いざまとまった休みがあったかと思えば特に用事もなかったので、久しく顔を出していなかったかつての馴染みのバーに行くことにした。飽くなき飲食と人の出会いと、取り損ねた夏の思い出の補填をすべく花火や怪談などを行っていたら、夜が明けた。人と場所が変われば取れる行動の選択肢が変わってきて、あれもこれもしたいという欲求がどんどん湧いてくる。特に用事がなかった人間が、隣県のバーに顔を出すだけで夜を徹して行動するのだから、そういう”選択肢”を増やすことは生活の充実に直結するのだなと思う。育った土地で穏やかに過ごす事を夢見ていたけれど、果たしてそれは本当に正しい選択なのだろうか?と最近思うようになったけど、どんなきっかけで選択肢が増えるかはわからないのだから(例えば街が賑やかになったり、身近に知り合いがぐっと増えたりすると状況は変わる)この疑問に正解はないのだろうと思う。ただ、手っ取り早く生活を充実させたいのなら場所を変えるのはいい手段である。他人に何かを期待する時は不確定要素が多いので、うまく事が運べるよう事前に予定を立てたり合意形成をしなければならないけれど、それが面倒くさいよねーーーーという話。折衝は駆け引きせずにイエスかノーで帰結したらいいんですけど、僕たちはいつからこんなに面倒くさい生き物に育ってしまったの。

仕事と考え方の話。最近職場で営業の適性を測られて、自分は感覚で接し方を切り替えて提案の仕方を変える感覚派のタイプ(天才タイプらしい)だったんだけど、内省してみると日頃の行いにもそれが表れてて、なるほどな〜〜と思った。これは言い換えれば、目の前にお客さんが現れた時に、普段通り万遍なく提案するのか、おっこの人はこれ買いそうだな??これ買わなそうだな??と判断して他の提案に切り替えるのか、というやり方、あなたはどっち?という話。万遍なく提案している方が数撃ちゃ当たるので獲得件数が多いけど、感覚で初めから提案の取捨選択ができれば獲得の可能性の高いものに時間を割いて提案できるからこちらも手堅く数字が取れる、という、どちらが良いかという話ではなくあくまでタイプ分けの話。そして僕は、つくづく感覚というものに頼り切った生き方をしてきたんだなと近頃よく実感するようになったのである。
例えば、僕はよく写真を撮り、それが評価されることがあるけれど、プロから素人まで、評価されるのは感覚が具現化した部分だ。色合いや構図、キャプションの付け方まで、僕の中には決定のロジックがない。自分の思うままに良いと思うものを作り、理由付けは後から行う。自分ひとりで楽しむ分には理由なんていらないのだけれど、他人と関わるとそういった部分で決定の理由を訊ねられるから、そこで受け答えができるようにしておかないと会話ができないので、理由付けはある意味感覚の翻訳とも言える。
もっと言えば、僕は国語がめちゃくちゃ得意で、数学が苦手だった。筆者の意図や文の読解は感覚で理解できるが、数式は感覚では解けない、ということだ。感覚のみで何十年と生きてきたことは危ない事のように思えるけど、その分研ぎ澄まされたものもあるのかな。ないなら人生やり直すけれども。