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喪服日誌

唐揚げだけが人生だ。/@yuki_mofk

2017.01.08

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何日何時間も費やした職場の初売りの支度を大晦日にようやく終えて、夜分に友人たちと合流して初詣に向かった。日付が変わる瞬間まで年を越えるという実感が湧かなくて、日付が変わったであろう瞬間に手を合わせて空を仰いだ。携帯電話は5分前に電池が切れて、ここ数年は意味もなく0時ちょうどの携帯の画面をスクリーンショットしていたことを思い出した。年に一度か二度だけ顔を出して小銭を放り願いを叶えてもらおうなんて浅ましい考えだと思ってるから初詣に大層な願い事なんてしない。五体満足とか無病息災とかそんなことを考えて頭を下げた。健康は大事だ。そして三が日は文字通り馬車馬の如く働いて、今となってはあまり記憶がない。そして働き尽くした報酬として中旬から下旬にかけて連休がもらえるらしいので、新たな旅の目的地を選定しているところだ。新しい土地も見たいし、はじめて会う人の顔も見たい。もちろん、もう馴染んだ顔とも会いたい。元々僕は活発な性格ではないから最近のように年に何度も、それも1人で動き回る生活というのは昔の自分には思いつかないような大胆な行動なんだけど、でもその原点になっている理由のひとつは逃避であって、1人で黙っていても楽しい生活は外から舞い込んで来たりはしないと理解しているからこそ、それに自らぶつかるべく足を動かしているのだと思う。退屈や停滞から逃げたいんだ。多分。前にどこかで書いたような気もするけど、昨年、中学卒業ぶりに再会したメンタルがぐずぐずの友達に、僕はつらいことから逃げて逃げて逃げ続けた結果こんなにもポジティブな人間になれたんだよ、という旨の話をした。この時、自分で話してて、あぁそうか自分は逃げ続けてきたんだな、と自覚することになって驚いた。考えて発した言葉ではなくて、胸の内から浮かんだ言葉を流しただけだったから。そう、僕は逃げてきた。人との関わりとか肉体的に敵わない相手とか形容できないもやもやとか、それをうまく躱してやりくりしていくにはどんな思考をしたらいいのかを自他の失敗から体感して内省して反芻して体に染み込ませた。その結果、会社の適性診断で何十人といる集団の中で1人だけ、どの方向からの圧力にも強いという鋼のメンタルを手に入れるまでに至った。逃げるは恥だが役に立つとはよく言ったものだ。僕は多分、今後もいろんなことから逃げ続ける。それは無責任な話ではなくて、その逃げた距離の分だけ自分が強くなるとわかってるから。楽しいことが待つ扉に出会い、それを自らこじ開ける筋力になるとわかってるから。