喪服日誌

唐揚げだけが人生だ。/@yuki_mofk

2020.03.25


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激務を終えて何気なく触った耳の裏に腫れ物があることに気付いたのが2週間前ぐらいで、初めて行った近場の皮膚科では治せずに大学附属病院に行くことになった。昔付き合っていた彼女が車にはねられてこの病院に担ぎ込まれたような気がする。10年ぶりの病院は内装も外装も記憶の中の施設とは違っていて、つくづく金の動く業界だなと思った。慣れない受付を済ませて案内された待合室は空気が淀んでいて、少し離れた位置にあったパイプ椅子に腰掛けた。それからもう1時間経った。壁に書かれた、やはり見慣れない案内表示を眺めるのにも飽きたのでこの日記を書いている。マスク無き者入るべからず、という病院の体制。オリンピックは延期になったらしいし、世界のこの雰囲気にSFを感じている人は多いんだろうなと思う。ウイルスに覆われた世界の話では大体世界人工の大半が死に、何かしらの条件をクリアしていたり抗体を持った人間が生き延びていたりするものだ。自信過剰のナルシシズム人間も抗えない死の前では自分のモブ感を強烈に自覚し精神的にも死にたくなってくるだろうから、こういう世界観の中で生きるなら、最初から自分はモブキャラであることを認めていた方がきっといい。自分が死ぬ時期を悟れたらその先どう生きるだろう、と昨日病院の待合室で考えたが、真っ先に心配したのが預金の使い果たしについてだったので、我ながらつくづく俗物であるなと思った。海外旅行にもスーパーカーにもブランドショップにも関心がないと、死ぬ間際の現金にはそこまで価値がない気がしてきて、やはり命あっての物種という言葉は真理のような気がする。こういう考えをもっと深堀して素晴らしい言葉で書き留めた先人の書籍が数百円で近場の本屋で山ほど買える時代だけど、そこに没入する時間があったらタピオカ飲んでスマホで撮ってツイートするのが命ある若者の生き方なので、命の有無で考えや行動って全然変わってくるんでしょうな。ここまで書いて今だに名前が呼ばれることはありませんでした。今私はおそらくとても無駄な命の使い方をしています。