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喪服日誌

唐揚げだけが人生だ。/@yuki_mofk

2016.04.20

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久しぶりに実家で料理を任されてキッチンに立った時、火元の換気扇のスイッチが結構高い位置にある事に気付いた。今だに前住んでいた部屋の感覚が体に残っているようで、そんなスイッチの位置ひとつを取っても体が戸惑うことがあるなんて、それも小学生の頃から過ごしてきたこの家で、と思うと変な気持ちだった。アメリカ産の安い豚肉を買うことばかりしていたのに実家に戻れば庄内豚という県産の質の高い豚肉を手渡されるのだからそういう金銭(というより貧乏性)感覚も揺らぐ。シャワーの勢いと一度に肌に触れる面積だとか、階段の段差だとか、もう引き払ってからひと月経とうというのにそんな事を思うのだから、生活というのは奥深い。外出先で買い物をする時、パッケージや値段を見て即決できるくらいの物から1時間、1日と時間をかけて購入を検討する物まで色々あると思うけど、そうして持ち帰ったもの全てが身の回りを固めるのだ。「生活」を振り返ることは、そうしたもののひとつひとつに目を向けて、感じて、価値や現状を確かめることだ。それがどれだけ底の深い行動か、という事を書き並べていこうと思えばそれはもう長々と書ける訳だけど、実生活の肉体はそういう感覚に対してはもっと直感的で、不便なら買い換えるし、不快なら改善するし、それだけだ。何回か今までも日記に書いてきたけど、”そういうこと”は大多数の人にとっては”面倒くさく”、”どうでもいい”ことなので、誰も気にしない。僕だって日記を書く環境と習慣があって、書こうと思わなければ、こうして思ったことは数日経過した後に消えていく定めだったに違いない。こんな思いを救済する為に今までの日記たちがあったのだとしたら、僕のブログは感情の墓標だらけということになる。まぁなんでもいいんですけど、先日寝違えた首がめちゃくちゃ痛くて首と背筋をまっすぐ伸ばす事ができない生活が二日目を迎えた訳なんですが誰か僕を救済してくれ。