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喪服日誌

唐揚げだけが人生だ。/@yuki_mofk

2016.06.04

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数年経って仕事が変わるとか、住む所が変わるとか、学生だった頃は結構大事のような気がしていたけど、今身の回りの人々(自分も含めて)の現状を見るとそんな事は普通にコロコロ移り変わっていて、そういうものなのだなと認識を改めているところ。結婚だとか子供が産まれたとか、「身を固める」という言葉はその意味合い以上に物理的なものなのだと思う。目先のものに追われているとあっという間に歳を取るし、いたずらに歳を重ねることに意味はないから、やはり早いうちから密度の濃い人生にしていきたいな、と今朝夢から覚めて瞼を閉めたままの状態で考えていた。夢の内容は覚えていないけど、きっとそれに準じた内容の夢を見たのだろう。近頃夢の中でも仕事をしていたり、将来のことを考えたり、現実が夢の世界に浸食している。わたあめの雲に乗るだとか剣と魔法で竜を倒すとかこの歳になってまでそんなファンタジーは求めていないけど、夢と現実はきっちり分かれていて欲しくて、そういうリアリティのある夢の最中で「夢の中なのに何をやっているんだ」と我に返って目が覚めることは先月くらいから何度もあった。夢にも出るのだから自分の自覚・無自覚にかかわらず潜在的にそういうことに対するストレスが心中にあるのだろう。夢で啓示を受けるどこぞの偉人のように、夢見の原因を整理して現実で解消してしまえば、そんな夢は見なくなるのだろうか。多分そうだ。前にも書いたけど、つくづくこの日記を書くという行為は自分にとっての自問自答の作業で、解決策を自力で導く為の整理の仕方になっている。これを小さな頃から続けているせいで、多分物事の処理の仕方や考え方がガラパゴス化しているのだと思う。ところで、「写真がうまい人は文章もうまい」という根拠の所在がわからない噂を小耳に挟んだのだけど、巧拙はさておき、それはどうなんだろう。写真を撮る”目”は何で培われるのだろう。いつか要素を掴んだらまた自分に問いかけてみよう。